『ふしぎな庭』

unun2004-06-03

『ふしぎな庭』という絵本の初版は、印刷製本をアルバトロス社(チェコスロバキア)でされていて、自分が所有している『ふしぎの庭(1979.11.10第3刷発行/印刷/株式会社精興社)』のものとは印刷の表現が異なるようです。
第3刷は初版本(印刷物)を元に版を作成したのではないかという推論に達したのですが、実際のところは分りません。
そこで、絵本の奥付の所に記載されている【印刷/株式会社精興社】さんのHPを調べてメールにて以下の質問をさせて頂きました。

Q1:1979年当時に印刷物を元に版を作成することが可能だったかどうか。
Q2:Q1が可能な場合、複写はどのように行われたのか。

これに対して、精興社に入社されて四十年の長きに亘り印刷、製版に携わっていらっしゃるOさんが丁寧に対応してくださいました。「ふしぎの庭」に関しては、製版、印刷の現場が埼玉県朝霞市にあった為、Oさんが勤務している都内の神田一ツ橋まで、印刷用のフィルムやその他の資料を神田に送るように手配してくださり、以下のような詳細な回答をして頂けました。今回、Oさんのご好意により、その内容を載せても構わないという快い承諾を得ることが出来たので紹介させて頂きますが、当方今回のようなケースは初めてで、行き届かない点もあるかと思いますので、ご指摘があれば随時訂正させて頂きたいと思っていますので、無断転写・転載・複製はお控え下さい。


精興社朝霞工場から印刷に使用するポジフィルムを取り寄せして調べました。私の手元に原書チェコ製があれば確認が正確に出来ますが、ご指摘のチェコで印刷された原書と精興社で印刷した本の違いについては、多分下記の【1】から【4】までの状況であると考えます。

【1】精興社で印刷されています本の中の絵が原書と比較しますと、シープな感じが損なわれていると思います。ピントがずれてしまっている感じ、ネムイ感じ、ソフトな感じ。

【2】原書と絵の大きさか少し異なる。精興社の印刷物の絵自体の大きさがほんの少し原書より大きくなっているはずです。又、絵のトリミングも原書と異なりカットされている部分があると思います。

【3】精興社の本の中の絵に部分的にモアレといいますが不規則な感じのところがある。「モアレレースのカーテンを二枚重ねますと不規則な状態のしまもよう目がでますがこれも一種のモアレです」

【4】色の違いは藍、赤、黄の三原色がヨーロッパと日本では少し違っていて全体に影響する。

この状況は原書をばらばらに壊してニページ単位にしたものを原稿として製版、印刷をおこなった結果です。この時代にはすでにスキャナーで色分解、網掛けを行っていました。
スキャナーはご存知のようにDTPの画像入力のツールですが私どもの製版のスキャナーはもっと大がかりでカラーの調節、コントラストの調節、拡大、縮小、網点の製作、大きな原稿もセット可能なものです。
【1】については、【3】のモアレ対策のために少しだけピントを甘くしています。
原書に印刷してあります絵の再現のためにすでに網点を使用していますので新たに製版する網点とモアレが出ないように対処しなければなりませんので少しだけソフトフォーカス的に色分解を行っている結果です。
【2】のなぜほんの少し大きくしているのか?ということですが原書は本を完成し仕上げる際に印刷物の紙の角を一度カッテイングしますので原書から再度製版印刷する際に同じ本の大きさだと絵がたりなくなってしまいますので少し拡大をしてカッテイングの場所を作り仕上げ断ちをしていますのでその分絵柄が大きいことと、トリミングが少し原書と異なってしまいます。

上記の回答を頂いた後に、追加で質問したことに関しても詳しい回答を頂けたので掲載させて頂きます。


Q1:見返し(表紙の次の頁)では、アルバトロス版より精興社版(便宜上、そう呼びます)の方が色数が多いように思える。色分解の時に、どのような細工?をしたのでしょうか。


A1:見返しの色数の件ですが今も、昔もクリエーターが絵をお描きになる方々時は、ご自分の感性を最大限に表現する為に、いろんな種類の色、画材、紙、大きさを選択いたします。その結果ご自分の表現したい絵が完成するわけですが、これを印刷再現する場合、ほとんど三原色の中つまり、藍、赤、黄と補色的に墨の四色で原画の持つすべての感性を表現しなければなりません。一部には特色、薄藍、薄赤などを使用する場合もありますが、通常のグレードの印刷物は四色で再現されております。

見返しもいろは四色で再現されております。色の感じの違いはスキャナーで原書を色分解する際のオペレーターの色の読み方の違いや機械自体の色設定の違いが印刷物に違いとして出てきていると思います。
あとひとつの違いの要素は紙の違いによっても変化いたしますし、印刷するときの各インキの盛り具合、つまりバランスによっても変化してしまいます。


Q2:モアレについて詳しく教えてください。(実際に質問した内容は少し異なるのですが、分りやすくする為修正させて頂いています。)


A2:モアレのことですが日本語版の印刷に際してすでに原書では、原画を再現する為に網点を使っています。その原書を原稿としてスキャナーにセットして色分解、網掛けをいたしますので、当時は原書の網点を出さないように少しピントを甘くしてスキャニングをしております。
これをピントを甘くせずにシャープにいたしますと原書の網と日本語版の新たな網点が不規則な調子に再現されて原画の感じが見られなくなってしまいます。
原画が借りる事が出来、原画からのスキャニングでしたらもっとオリジナルに近い再現が得られます。つまりモアレは出てほしくない現象でテレビなどでも映る絵柄例えば背広の縞模様とテレビの走査線でへんな模様が出る場合があると思いますがそれも一種のモアレです。


Q3: 同じ印刷会社さんによるものでも、第○版のものと、第×版、第△販とでは印刷の具合が異なる可能性はありますか。


A3:同じ印刷会社でも同じ機械で同じロッドで印刷する場合は色の変化は比較的少ないですが、同じ会社であっても多少のバラツキは出てしまっています。印刷は今まで変化要因が多く、私どもの行っていますオフセット印刷は一応科学的?な印刷方式、水と油の反発作用の原理、間接印刷方式のふたつがオフセットの原理となっています。
今、私どもの技術もデジタル化が進んで、人間の持つ感性では無くゼロ、1、の技術に置き換わってきています。

当方、日本語版の初版本は残念ながら所有していないので(初版本に関しての情報は下にコメントして頂いた猫丸さんの情報が頼りでした。)、所有しているチェコ語版の『Zahrada(ふしぎな庭)』と『ふしぎな庭(第3刷)』を比べたときに
・【ちょっとぼやけた印象】
・【なぜか書籍のサイズが異なる】
・【原色の表現が異なる】
という差を感じていました。
これらの疑問は、今回Oさんからの詳細な回答ですべて解消致しました。モアレ対策であったり、トリミングの関係だったり、ヨーロッパと日本での3原色の違い等、すべてにきちんとした理由を知ることが出来ました。
初版本やチェコ語版がシャープで、第3刷はぼやけているという表面的な違いだけで、いいとか悪いとか言ってしまうのではなく、印刷方法が異なるそれぞれの絵本の魅力を味わうことができそうです。
今回、ひとつの絵本を通して、印刷の方法の違い、絵本の印刷の仕方を知る機会を頂けて良かったと思います。お陰でさらに絵本の世界に嵌りそうです。


現在、『ふしぎな庭』 は残念ながら絶版状態です。
この本に興味が沸いた方は、復刊にご協力下さい。
(自分も先程投票したばかりなのですが・・・)
◆復刊ドットコム『ふしぎな庭』
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=9167
出来れば、精興社さんから今度は【原画を元】に復刊して頂けるといいですね。

【イジー・トゥルンカのチェコ語版の絵本】
ZAHRADA[ふしぎな庭]
【イジー・トゥルンカ】Jiri Trnka
チェコの絵本【kulička-クリチカ-】古本・古書専門のネットショップ


関連LINK:
◆【イジー・トゥルンカ展のレポ】
http://d.hatena.ne.jp/unun/20040509/p1
◆Zahrada(ふしぎな庭/チェコ語版)
http://d.hatena.ne.jp/unun/20040507
◆『Zahrada』と『ふしぎな庭』の比較(追記)
http://d.hatena.ne.jp/unun/20040626