【イジー・トゥルンカ展】

unun2004-05-09

チェコ・アニメの巨匠イジートゥルンカ展】をやっている刈谷市美術館に行ってきました。
会場はトゥルンカの生涯を大きく3つの時期に分け、『第1章 人形劇から挿絵の仕事へ 1933-1944』を第1展示室で、『第2章 人形アニメーションへの挑戦 1945-1959』、『第3章 晩年を迎えて 1960-1969』を第3展示室で展示していました。また、第2展示室では、アニメーションの上映もしていましたよ。(行ったときは『皇帝のナイチンゲール』でした)

※注:感想中の展示作品は以下のサイトの関連するページにリンクしています。
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■『第1章 人形劇から挿絵の仕事へ 1933-1944』

トゥルンカはこの時期に約40冊もの本の挿絵を手がけたそうです。
この時期の作品の展示で興味深かったのは、最近発売された『こえにだしてよみましょう(Petit Grand Publishing)』の絵本と、当時(1943)の絵本や原画(ためし刷り+原画バージョンもいくつかありました。)を見比べることが出来たことです。

『こえにだしてよみましょう』の原画は不透明水彩絵具グワッシュ(顔料が粗いので深みと厚みのある画面に仕上がる)を使い、手の込んだタッチで描かれているので、同じ色彩の面をじっくり見ると、複数の線になっているのが分ります。この手の込んだタッチは、ためし刷り+原画バージョン、当時刷られた絵本でも、多少柔らかい感じに変化しつつも残っています。このタッチが、はじめてトゥルンカの絵本を手にしたときの衝撃の原因だったのだと思います。ひとつひとつのタッチから溢れ出てくるような迫力を感じたのです。これに対し、最近出版された『こえにだしてよみましょう』 は、トゥルンカの無数のタッチが影を潜め、同一色のフラットな表現で印刷されているので、かわいらしいキャラクターがよりかわいらしく見える利点はありますが、迫力のようなものは感じません。
印刷上の問題で、意図的に面的な表現にしているのかもしれませんが、トゥルンカの職人的な表現が失われているようで少し残念でした。(でも絵本が出るだけでも素晴しいことですね。)同じ絵を、出版時期や印刷の違いを体感できる展示方法は、トゥルンカの魅力をいろいろ発見できて良かったです。


補足:声に出して読みました。
『こえにだしてよみましょう(Petit Grand Publishing)』
再度、自分が書いた内容を確認する為に『こえにだしてよみましょう』を手に取ってみたところ、展示で見た時と異なる印象を受けました。展示では、物凄く細かい所まで比較してみたので、色合いや細かいタッチの差が分かったのですが、比較しないで単独で見ると、タッチは残っているし迫力も感じました。美術書ではなくて、あくまで絵本なので細かい部分まで比較して云々ということ自体、的外れだったかもしれません。
そして、この絵本のタイトルの通り、声に出して読んでみました。凄く楽しい。最近、声を出して絵本を読むことってあまりなかったので、新鮮だったしリズミカルな日本語訳が心地良くて、読んでいると楽しくなってきました。
本屋さんでこの本を見かけたら、手に取って小声でもいいので声にだして見て下さい。楽しいですよ。


■ 『第2章 人形アニメーションへの挑戦 1945-1959』

この時期に出版された本は25冊程だそうです。
原画は、『子どもたちのための、もの、花、動物、人々(1953)』 、『おもちゃの家のミーシャ・クリチカ(1957)』、『アンデルセン童話(1957)』を中心に展示されていました。特に、『アンデルセン童話(1957)』のカラー原画は、後に発表された人形アニメーション真夏の夜の夢(1959)』 の世界を彷彿とさせる幻想的な作品で素晴しかったです。
が・・・この章の展示の見所は、トルンカ作品で実際使われた人形の展示です。展示作品は、『皇帝のナイチンゲール』より『時を刻む(銅羅をたたく)』 人形(1948)、『バヤヤ』 より『宮廷道化師』 人形(1950)、『チェコの古代伝説』より『リブシェ』人形(1952)の3点。お気に入りの『バヤヤ』に登場する『宮廷道化師』に釘付けでしたが、『チェコの古代伝説』 、『皇帝のナイチンゲール』 も精巧に作られた人形のディテール、素材の質感より滲み出てくる世界観が妄想を増殖させてくれました。目の前の人形を元に勝手に様々な場面をイメージすると、空間の奥行きがどんどん広がっていって面白かったです。あと、人形の指が4本であることを直に確認できたのも収穫でした。
図録【イジートゥルンカ展】の『イジートゥルンカ先生像』 (川本喜八郎)に、1964年にトルンカとの会話から感じたことが書かれていているのですが、とても印象深いので引用させて頂きます。

人形アニメーションの本質について、人形は人間のミニチュアではないこと、人形には人形の世界がある、ということだった。これで僕の目から鱗が落ちた。その後、人形の風景は全く変って見えてきた。
(図録【イジー・トゥルンカ展】の『イジー・トゥルンカ先生像』[川本喜八郎]より)

『人形には人形の世界がある』。とってもいい言葉だと思う。人間の世界の再現ではなくて、人形の世界をクリエイトしているっていう発想は、イメージが膨らんでいく感じがして興味深い。イジートルンカ作品を人形の視点で観直してみると、前見たときとは違った感じ方が出来る気がします。それと、人形アニメーションだけでなくて、絵本とかもこの発想とか視点が重要な気がする。『絵本には絵本の世界がある』きっとそうなのだと思う。

■ 『第3章 晩年を迎えて 1960-1969』

この時期に出版された本は30冊程だそうです。
ここでは、幻想的で美しい作品と、寂しげでシュールな両極端な作品を鑑賞出来ました。

まず前者ですが、幻想的な雰囲気の漂う『不思議の国と鏡の国のアリス(1962)』 や『魔法をかけられた人』 、『ほたるっこたち(1967)』 (第2版)等の色彩豊かな作品が印象的。特に、透明感のある色彩と、デカルコマニーという技法(紙に絵の具を塗り、別の紙を押し付けてはがす時に生じる偶然の形態の効果に注目した技法)により味わい深い雰囲気を出している『ほたるっこたち(1967)』は興味深い。この作品は1941年に出版された『ほたるっこたち(初版)』 の原画が失われた為に新たに第2版として描かれたらしいのですが、1936年にトルンカ自ら人形と美術を手がけた人形劇を上演したり、1940年の初個展『画家から子どもたちへの贈り物』や1958年のブリュッセル万国博覧会で『ほたるっこたち』 のジオラマ(今回一部展示されていました)を展示していることからも、トゥルンカにとって『ほたるっこたち』 は大切な作品だったのだと思います。それだけに、魅力的な輝きや暖かさに満ち溢れているように感じました。

一方、寂しげな雰囲気を漂わせる『ロミオとジュリエット(1964)』 、『ヤロミールという名の風(1966)』 、『テーブルの傍らで(1967)』 、『ハレー彗星(1969)』等のシュルレアリスムへ傾倒していく作品群も興味深い。
チェコは1968年に『プラハの春』 と呼ばれる自由化への改革運動が始まり、当時、プラハ美術工芸学校の教授をしていたトゥルンカは、自由化を求める『二千語宣言』 (共産党を批判する過激なもの)に署名していたことからも、祖国に自由を取り戻すことを望んでいたようですが、*1プラハの春』 は1968年8月に、ソ連軍とワルシャワ条約機構5ケ国軍による軍事介入により終焉を迎え、自由化への道は閉ざされていくことに・・・

『仕事ができなければ、私はいきてゆけない。(中略)半年間の休息の後、私は描き始めた。これはまったく肉体的な苦しみである。(中略)今はこれである。何かを描く。そこから何が這い出てくるか私はわからない、けれども、これなのだ。長い病気の後での初めての試みである。私は君に何も見せられない。うまくいかないだろうと思うと気が進まない。私は迷信深いのだ。とにかく私は描く、描くのだ。』
(図録【イジートゥルンカ展】『イジートゥルンカの生涯』より)

これは、激動の時代の波を経た1969年11月に、トゥルンカが絵本創作のパートナーだった詩人フランチシェク・フルビーンへの手紙です。順風満帆な人生を歩んだ人なのだろう・・・と思っていただけに、寂しげで何かを模索しているような雰囲気の作品、そしてフルビーンへの手紙の内容に衝撃を受けました。

晩年の体調不良、不安定な社会情勢、そして表現に対する苦悩のようなものから生み出されたように見える作品と、そのような状況からも思い出の詰まった、美しく幻想的な作品という両極端の魅力を生み出した晩年の作品はとても興味深く、トゥルンカへ作品への造詣を深くしてくれました。特に、最晩年の本『テーブルの傍らで(1967)』と、最後の年に描かれた『ハレー彗星(1969)』はとても味わい深い作品だと思います。

【イジー・トゥルンカの絵本】
【イジー・トゥルンカ】Jiri Trnka
チェコの絵本【kulička-クリチカ-】チェコ絵本[古本]のネットショップ

【イジー・トゥルンカ展】レポlink:
☆究極映像研究所☆
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関連:
◆図録【イジー・トゥルンカ展】
id:unun:20040510

[終了済]アニメーション上映スケジュール(土・日・祝日用)
会場=刈谷市美術館-第2展示室
プログラムA:5月29日(土)30日(日)
『真夏の夜の夢』1959年/1作75分
プログラムB:5月22日(土)23日(日)
『皇帝のナイチンゲール』1948年/1作73分


*1:図録【イジートゥルンカ展】『イジートゥルンカの生涯』